適材適所

たまにテレビに出てくるサヴァン症候群の方々の能力を見ると人の潜在能力ってとんでもないんだなと驚いてしまいます。
何年分ものカレンダーが頭の中に完璧に入っているとか、しばらく風景を眺めただけでその映像を丸々インプットできてしまうとか。

人の能力が全部で100だとすると通常は色んな機能、器官にうまいことバランスしてちょうど良いくらいで生活しているんだと思う。
だから何かが欠如したときには能力が余るわけだから残された能力が伸びる、そんなイメージかなと。
逆に言えばすべての能力が秀でた完璧人間というのもいないのかなと。
思い出すのが小学校の通知表。自分の時代はまだ5段階評価だったのだけど、やっぱり学校に一人二人はオール5という生徒がいましたね。
高校のときにも同じクラスの女子で一人だけオール5がいて驚きました。
僕なんてオール3くらいなんでレーダーチャートにするときっと小さくてコンパクトなグラフができるのではないかと。
ただし、人間のポテンシャル自体は大差ないと思っているので、それなりの訓練をすれば皆ある程度は色んな能力を伸ばすことができるのではないでしょうか。
と信じているのですがどれだけ経っても良くいく街の地理が覚えられないのが私です。
一方嫁は一度通った場所や道は必ず覚えている。自分からすれば驚異の能力なのですが本人はそんな自覚みたいなのは一切ないというから尚更凄い、というか怖い。
まとめると訓練で伸ばしていけるものは本来のものではないということかと。それをナチュラルにこなしてしまう人間には遠く及ばないのです。
そんな私みたいな人間のために適材適所という便利な言葉があるわけなのです。

経験

親が転勤族だったので子供の頃は転校を何度か経験したのだが、当時は都度新しい場所で人生をリセットするのが嫌で、面倒で、
もの凄いストレスだったのを覚えている。自分が大人になったらこんな思いは子供にさせたくないとよく思ったものだ。

この経験が活かされているのかな、と気づいたのはずいぶん後になってからだった。社会人になったくらいから意識しだしたのだが、
人間関係やその利害関係を人よりもあざとく見抜けるようになっていた。はたまた組織の構図や物事の構造をひもとき、理解するのも上手なのかもしれないと。
転勤族が経験するのは、都度全く新しい環境に放り込まれることだった。
子供の頃は特に仲良しこよしの世界。集団の中における自分の立ち位置を如何に見つけるか、確立するか、目的は明確だった。
私は名前が変わっているのでそれだけで新天地ではネタになるのだが、まずは新しい集団の中でとっつきやすい人間を選ぶ。
そして人間ウォッチングをしながら集団内でのそれぞれの役割を見出す。リーダーや弄られキャラ、皆が一目置く一匹狼など。
この人には目をつけられない方がいいな、このあたりは無難なところだなと考えながら、ある意味で計算高い友達作りをしていった。
そうやって既存集団に溶け込んでいくのが上手くなっていった。時には意図的に自分をプロモーションすることもあった。
大人になってみると社会は巨大な集団組織だった。様々な利害関係が交錯するビジネスシーンでは常に自分の企業の利益の最大化を求めなければならない。
ときには不利な交渉も上手く誘導しなければならない。そのときに子供の頃にあんなに嫌だった転勤族の経験が活きているのだなと思えるようになったのかもしれない。

年賀状のイラストには桜花
年賀はがき引き換え期間
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関連:www.immobilier-landes.info

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